「ヒマラヤ アルパインスタイル 苦しみの芸術」6
アルパインスタイルへのこだわり
天野:なぜアルパインスタイルで登るのでしょう
一村:ぼくは今までアルパインスタイルというのを知らなくて、なんでやっているのと聞きたいです
天野:ぼくがいた山岳部は極地法をやっていて、ヒマラヤにも行きました。酸素は使ったことないけれど、最初の頃は山頂行ければうれしかったけれど、極地法だと面白味はない、何度かやっているうちにつまらなくなってきました。アルパインスタイルが最高で、極地法がダメとは言いません。山によって、人によっては極地法もあると思います。ただ、FIXロープを張ったら、それを残していくのはダメ、残置すべきではないと思います。
佐藤:少人数で壁を登るなら、シンプルで短期間に大きい岩を登ろうとするならアルパインスタイルになると思います。日本で登るのに極地法はあり得ないし、ヒマラヤでもアラスカでもアルパインスタイルで登ってます。
死のリスクとどう向かい合うか
天野:祐介は結婚して娘さんがいて、心配かけているんじゃないのかとよく聞かれるのでは?
佐藤:昔は背負うものが無いというか嫁さんも子どももいなかった。それが今はいるわけです。ただ、嫁さんはクライミング関係で知り合った人で、ぼくがずっとアルパインクライミング中心に生きてきてて、それが重要であることを理解してくれて、その上で結婚しています。ぼくは常々一番大事なのは山だと言ってて、当然、家族は家族で大事なんだけど、それとは別に自分のクライミングは非常に大切なことなんだということを彼女には説明し、一応理解してもらっていると思います。非常に良い奥さんに恵まれたと(笑 そういうわけで、結婚してからぼくのクライミングが退化したとかまったく無くて、むしろ子どもができてからヒマラヤとかアラスカでのクライミングは充実してます。
天野:非常に良い奥さんで良かったですね(笑 でも、登山やっていると死のリスクから逃れることができません。スパンティークのベースキャンプで韓国隊と仲良くなって、ご馳走になったりして、ソウルでまた会いましょうなんて話をしていました。そうしたら隊長のキム・ヒョンイルさんと隊員のジャン・ジミョンさんが行方不明になっていると。登山はどうしても危ない、リスクを負いながらするものです。だから理解してくれない人からは非難めいたことも言われます。ぼくにとって去年から今年にかけて辛い年でして、去年の4月に知り合いが山スキーで亡くなってから、14人の友だちが山で亡くなりました。そのうち12人が20代から30代でした。そういったリスクを負って、なんで山に行くのか、死ぬことについてどう考えているのでしょう。
一村:死ぬということに対して、何も考えてないわけじゃないけど、怖いわけじゃない。死んでった奴を足蹴にするわけじゃないけれど、彼らは生きる努力が足りなかった。ぼくらは死ぬほど努力をしているから、雪崩で何百メートルも流されているけれど生きて帰ってこれたのはそのおかげだと思っています。運じゃない。
佐藤:彼らと比べて何が違うのか、ぼくが彼ら以上に努力したかとは思っていません。ある部分では努力したかもしれないけれど、他の部分では彼らの方が努力したかもしれません。ただアルパインクライミングは死ぬ可能性がある。そういうリスクはあって、それが面白さの一つにもなっている。死を求めて山に入ったわけじゃないです。不確定要素とか未知とか、そういったリスクの一つとして死がある。なんでアルパインクライミングをするかというと、ぼくは限りあるこの人生を、できるだけ充実した形で送りたいと思っています。アルパインクライミングはそのための方法なんですね。アルパインしていると、いろんなものを断ち切って、リスクを負いながらクライミングするというのはすごいドキドキして、ぼくの人生は充実します。その方法としてのアルパインクライミングですね。
天野:ぼくは二人の中間かな。運もあると思うけど、運は自分で選ぶことができない。自分の力でかなわないところもある反面、無意識かもしれないけれど自分で選んでいるところもある。それがリスクを回避することにつながっているのではないか。その反面、自分の力をはるかに越えたところで、死んだ人たちが不幸な人生だったとは思わないわけで、自分はどうなるかは分かりませんが。
佐藤:ぼくは、今回のスパンティークでも雪崩で流されるなど危ない目に会っています。そのたびごとに、なんで死ななかったかと考えると、生きるための努力をしたり、そのための集中力を培ったりはしているんです。でも、山を始め、アルパインクライミングをやるようになってから、死ぬ可能性はあると思っています。雪崩に流されて本当に死にそうになって。本当に自分がやっていることは危ないんだ、死ぬ可能性があるんだと実感するようになりました。アルパインクライミングの面白さを感じるようになってから、死への恐怖を、一村は無いと言うけれど、ぼくはありますね。死ぬ事への恐怖はあるけれど、それでもアルパインクライミングの面白さがあります。
天野:最後の方はシリアスな話になりましたが、どうもありがとうございました。
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